動物 · 未分類

旅の同行者・アニマルメディスン

あなたのそばにいて共に歩く存在を感じてみる

あなたがどんなに道を外そうとも、

(そもそも道はあるのか?)

あなたが歩む時、立ち止まって何もみつけることや

目に入っていてもみえなくて、

自分の中に閉じこもって、臆病に塞ぎ込む

そんな時

喜びに内震え、光の中にいる時も

その存在はそばにいる

どんな時もあなたはあなたのままでいて

様々な体験にうつしだされるあなたがいる。

世界がみせる豊かな色や光を、瑞々しい今日の始まりを

あなたの衣にすればいいのだ

いつもその存在はあなたが外に出歩こうとも

あなたのハートのエメラルドで出来た神殿の中でまどろんでいる。

あなたとその存在が同じ、あなた自身であり

しかし、あなたを導き、あなたを全身全霊愛して信じて見守ってくれていることを受け止めてみるがよい。

この世界は写鏡、あなたの恐れを写し出すには

美し過ぎることに、日々が魂、霊のためにあることを

もうすこし気づかなければならないのだ。

あなたのハートの神殿でお会いしましょう。

 

時々、自分が歩いているのに誰かの背中に乗せてもらっっている、または誰かに手を引かれて歩いていることに気づくときがある。それは白い姿をしていて、まるでシロクマの姿をしている。

そんな時は自分でもちょっと深く洞窟の中を探索しているような時期の前触れ。

まるで心配するんじゃないよっていってもらっているように感じる。

いつでもそこに導いてくれる存在がいて、私を見守り、自分の道を歩むように

そして魂の帰還ができるようにその存在は共にいる。

自分自身というようりもそれはやはり旅の同行者なのだ。

自分ではあってはならないというようにも思うのだ。

あるときに出会ってからずっと私のそばにいるトーテムアニマルである、シロクマさん。そこからいつもそばにいる。この肉体とその存在の別次元が重なり、私はいくつかの次元を旅するものなのだとも教えてくれるのだ。

 

♯アニマルメディスン ♯アニマルメディスンカード

 

動物

抱かれた鼓動とともに歩む未知

全体像を眺めてみよう。

目の前に大草原?大平原?グランドキャニオン?

たくさんのやりたいこと、したいこと、伝えたいことは山積みで、あなたは立ち尽くす。

果てない作業やこれからの厄介ごとにすこし不安なんだろうけど、そこにしか、私がしたいこと、自発的に行動し、自分が成したいことはないことはわかっているんだ。

だからいくしかないし、やるしかない。

命の自由自在さを感じるにはそこしかないんだ。

自分の命が自分に所属している、自分がじぶんの魂をいきることに誇りに感じる。

高い次元からみたじぶんの生の目的を感じたいんだ。

そして、これからの未知の中にたくさんの命の鼓動を感じている。そこにはたくさんの仲間や魂の繋がりを感じている。その音に、囁きに導かれて歩んでいく。

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アニマルメディスンカウンセリングのセッションレポート

メディスンカードを使用してのパスウェイ並べのご紹介です。ご本人の了解を得てアップさせていただきました。

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真ん中の筋が右から左に向かって過去、現在、未来。

そして上の段は、現在の上が貴方の人生を通過中のパターンまたは一連のレッスン

未来の上がうまくいっていること。

一番下の並びが右からうまく行っていること

真ん中の列の左側が克服したチャレンジまたは完了したばかりのレッスン

過去は42 コウモリ

現在は8カワウソ、女性メディスン

未来はアライグマ、太っ腹な用心棒

4人生の通過中のレッスン イルカ

5 克服したレッスン  レイヨウ 行動

6うまく行っていること リス

7うまく行っていないこと アナグマ

この方は過去、あるご自分の人生のパターンを終わらせる経験をされた(コウモリ)

古い習慣を手放して、何らかの関係や惰性的な流れを打ち砕く必要があった方と思われます。その中にはリスが表す、未来に備えて役に立たなくなった必要以上のものを手放して、その未来のために肩の荷を下ろすと言うことを行ったということでしょう。そしてアンテロープが行動し、高次元の目的の為に行動してきたことを表します。個人的なことばかりでなく、まずは全体のため、目の前の人の為に動いてきたことが垣間見れますね。そこには人生は有限であり、今、ここでしよう、行動しようという聡明さもお見受けします。

現在は様々な人のそれぞれのよさを大事にしながらも分かち合いを心地よく感じていらっしゃるようです。満足していること。ですが、通過中のレッスンのイルカは逆になっています。同じようにほ乳類であり、水の中のうまく行動し、五感をいかして生きる要素に発達した動物でもあります。その水棲ほ乳類の中でもイルカは逆。

イルカはより宇宙的な繋がりを大事にしなさいということで表れているようにも思います。

イルカの人生を楽しむということではカワウソも同じように楽しんでいらっしゃるのですが、少し五感を満足したり周りの人との関わりにおいて自分を認識し満足しすぎている傾向があるのかもしれません。

少し小さく収まってしまっている?

そのことをお伝えすると確かに日常的には楽しく、友人関係も満足しているが本質的な自分自身の満足、魂が求めていることとは違うあえてスケールを小さくしている感じとのことでした。

欲を出すのもどうかとか・・・ということ。

そして未来です。

未来はアライグマ。アライグマは貴方の力を必要とする人に手助けし、声なき人の立場に立って守ること、役になることをされていくのでしょう。

他生の縁という言葉がありますが、これは巡り巡って他の人の為にしたことは自分は身内に巡ってくるよって言う言葉です。助け合い精神を喚起しますし、けっこくはこの世界は縁の世界で成り立つということでしょう。

そしてアライグマはこの方は何らかの他の人に与えられるほど持っているということです。その能力や時間など豊かさがあることを表しています。

そしてうまく行っていないことは29番アナグマです。植物療法などのヒーラーさんでもあることを教えてくれるメディスン。そして大地に根ざして生きて行く。土の要素は元素の中で一番強く現実的な働きをします。

こちらのアナグマメディスンはなかなか強力な力を表しています。個人でも何らかの力を持っているけれどこの方は使えていないのでしょう。積極性をもって行動出来ていない。

感じるままに表に表現し、後のことは気にしない。行うこと表現することが大事なのです。

このアナグマメディスンがあれば、その界隈、その分野でトップになるとも言われています。

なぜならあきらめない。いつまでも自分が求めることのために取り組むからです。純粋な思いで。探求の為に。

今は引っ込み思案や不安感でたくさん考えて、すぐにあきらめていらっしゃるのかもしれませんね。

その旨おつたえすると、たくさんのアイデアがあるけれど、なかなか行動に出来ないでいるということ。

今はきっと安心し、満足していらっしゃるのかもしれませんが、他者の助けに意識に向かいすぎて

新しい方向性を見出し、ある程度リセットするときにはご自分の中の創造性、少しぐらいの攻撃性が必要なのかもしれませんね。

今は自分の積極性にいかれてもよいのではないか?それはもしかしてイルカが表すように

個人的な要請ではないのかもしれません。まだ出会えていない人たちとの関わりや繋がり、よりたくさんの人の為に自分が何らかのエネルギーを伝えるということもいずれは行動されていく中でわかることもあるのかもしれませんということでとお伝えします。

新しい変化の中、自分を構築していく中で

目の前にフォーカスしすぎず、より遠くであり未知なる可能性にフォーカスしていく強さが必要なようです。

あまり目の前にフォーカスしすぎると魂の方向としては狭い中で満足して行かざるを得ない要素があられそうです。

今は我欲と申しますか、自分がしたいことや行動によって自分自身を鼓舞していくことが大事です。

丸く収まるにははやいようですよ。(^0^)

掲載の許可ありがとうございます。

個人セッションも承っております。

アニマルメディスンカウンセリング

アート

アドルフ・ヴェルフリとアウト・サイダー

先日、アウトサイダーアート「アドルフ・ヴェルフリ」を見てきました。

前々から興味があり、ヘンリー・タイガーさんはじめ、アウトサイダーアートに関する作家さんの作品を見てみたいと思っておりましたので楽しみにしてました。

アウトサイダー・アート(英: outsider art)とは、特に芸術の伝統的な訓練を受けておらず、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現した作品のことをいう。 アウトサイダー・アートを作る芸術家をアウトサイダー・アーティストという

狭義にはそういった障害者の作品を指していうことがままあり、一般的にもアウトサイダーアートというと知的障害者精神障害者あるいは精神病患者が精神病院内におけるアートセラピー芸術療法クリエイティヴ・セラピーの一種)などで描いた絵画と思われがちである。しかし必ずしもそうではなく、芸術作品で生計を立てたり、既存の団体に発表することなく、独学で孤独に作品を作り続けた人達、刑務所などで初めて絵画に取り組んだ人達などの作品も含むのが本来の意味である[1]

アウトサイダーアート ウィキペディア

 

ヴェルフリさんは、幼い頃に父と母を亡くし幼い頃大変苦労したのでした。

色々人生にあり、精神病棟に入れられてそこで絵を描くことを覚える

みていると

常々人は幼い頃の体験を乗り越えて書きかえていくことにある程度の年齢を有するなとおもうんですが、

ヴェルフリさんも自分の創作に(ご本人的には創作とは思っていないと思いますが)

その絵を描き、物語を書き留めることは自分の苦しい幼い頃の体験を違う形に書き直し、願望を載せ、様々な体験を変容する体験になられたので亡いかと思います。

絵を描き、そこに物語を付与することによって、違う人生をいきることにより、新しい自分を創造する手助けにしたということを感じました。

なので目が離せない。ちょっと話したら目の前の少年?青年が傷つくのではという気持ちもあり、

もちろんその情報量がすごくて隅々までみてしまっていました。時間がかかる。

創作を始められた病院に収容された時期などをみてもその中年の危機と言われる時期とあい、中年の危機とは与えられた環境や関係からの個性から自分自身の足で、自分自身の意志を持つことを星の時間から要請されていくタイミングです。それは33歳前後から42,3歳の頃なのですが、生まれた時の星の配置をあらわすネイタルホロスコープに順番に土星外惑星であるトランスサタニアンたち(冥王星、海王星、天王星、あえてぎゃくから記載してます)が凶角度をとるようになっていきます。

偶然だったんですが、斎藤環さんの無料講演がありチケットを入手し参加。

このヴェルフリさんについてというよりもアウトサイダーアートについての変遷やアウトサイダーアートは芸術なのか?ということなど幅広く伝えてくださいました。なかなか聞き応えがあり、印象的なお話を一つ。

その作品を創作するものがいる。そしてその作品との交歓が起こったものがいて、その人が発見者となり、光を投げかける。その人がいることで、アウトサイダーアートを見出したという内容のことは興味深く思いました。

アウトサイダーアート的には、狭義の意味ということなのですが、

その障害のある方や全く言葉を話せないひとが描くものをすごいと思う。傍らにいる者が、そのすごさを見つける。ただ描くものに光を投げかける。暗闇から光に連れ出すということ、そしてそのことにその人は作家になり自立を進めることが出来るということも行われているということでした。

この交歓が起こるひとがいて、発見されたいという希望や期待は人が人と出会いたいという思いに繋がること。

しかし、ただ自分のなまの気持ちのまま人は自分を創るということも大事。

いつも誰かを相手にして自分を創るということは人が社会的動物といわれる存在であるということ。

しかし魂の側面には人は関わらないもの。

それは真似をすることも出来ない,未踏の地にいることに気づく。それは容赦なくやってくる。

ある時期にそのことに気づかされるのが中年の危機の時期ともいえます。

人は皆、アウトサイダーアーティストなんだなと思ったりもして会場を後にしました。

 

 

動物

背後に支え真理なるもの

目の前に広がる全ては可能性の光ども。

背後に横たわり、大地を貫き世界を留めさせる力をお前が背にし

目がある方向を前とする。

我はこの空間を貫く一筋の大地のいななき。

その視覚は鳥のように縦横に飛び回り、私の身体を離れて世界の動きに

私をリンクさせる。

衛星が星を離れないように

私の頭上斜め視野、遠くに離れ近づいては共にいくもの。

誰に見えずとも私の愛するビナー

偏見やあらゆる束縛から解放されるために自分の考えを疑い、

真理がそこにあり、そこにあることにより、

現実を曇らせずにいるための私の導き。

 

 

 

 

 

 

 

 

星屑階段

いと高き人の声を聴く

私たちの中にあるいと高き人の声を聴きたい、聴いていたいという願望は強くあるのだろうと思うのです。

それは五感を通し、そして第6感、第7感を通してやってくるのだろうと思います。

五感は現実、肉体があるからこそ感じる力であり、

その五感を通してやってくることは肉体がある人間だからこその体験でしょう。

肉体を持った故にその願望を持ったとも言えますが。

肉体がある故に個人に閉ざされているとも言えるので

それはちょっとした個人的なことであり、個性によって狭められてもいます。

においで感じたり、視覚で見る人、見えない人はとてもその見えないことにコンプレックスを抱くようですし。

では6や7はというと肉体をこえたライトボディ、エーテル体が受け取った印象、体験であります。

もちろんライトボディには層があるので

宇宙からの光が浸透し、その光を受け取ったことはまたその個人の意識の成長によって受け取る情報に

違いが出てくるとも言えます。霊統という魂のグループもあるので、関係ないものにはあまり興味を持てないということでもあるので、そこからもまたそれぞれちがうとも言えますね。

それぞれの方に霊統があるように、自分の霊が繋がるところと繋がりたい、思い出したいというのは

自分がやってきたところに帰還したいという願望でもあるのでしょう。

そこから宗教っていうものがあるのでしょう。

昨日アップした記事にもありましたが、何か大きな存在、高き存在の元にいたい故に

自分を小さく見せる、幼い状態を保ちというのは生物学上ではあり得ないのだろうなと。

動物の世界では生きるか死ぬかですので、弱い存在であることは仲間を害する可能性もあり淘汰されるのかもしれません。人類は長い間をかけて存在を守護するような福祉社会を発展させたということでもあるのである意味人間らしくその知性や情をうまく損なわないようにシステムを創造したとも言えますが、まだまだですよね。動物的に排除する、動物の場合はいかんともしがたい理由があると思います。

あえてその愛情を受け取る為に弱き存在でいるということは、結局は自分自身を害するということで、いと高き存在の声を聴きたいという願望、そばにいたいという思いをどう昇華させていくのかは、案外と人類がより成長のために必要なのかもしれません。特に日本人。

古代のシャーマニズムや祈りという側面には、いと高き人の声を聴くということの様々な形ともいえ、個人的にも瞑想やビジョンを探求するということがライフワークとしている自分としても大事な要素であり、自分の内なる声を聴くことはこころに平和な状態がおこりますので、その状態をわかちあい、日々の成長の為によりよくいかしていくのかは恐らく大事じゃないかと思います。

しかし、そうすると別れ、離別は行われていくということでただ今、空では土星外惑星といわれる、天王星、海王星、冥王星が働いて世の中の再編成を行っているということでは今は内なる情熱の火を思い出すことを大事にしていただけたらと思います。

聴くっていうのだと聴覚っていうのでないのという声もあるでしょうが、聴いたことがある方はわかるでしょうが、やはり聴覚は波動なんですよね。波動として伝わる。その心からの言葉は浸透力半端ない。そして信頼が生まれます。

昨日みかけた猫